Vol.17-2 ミシュラン食事処 珍道中記 後編

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後編
ミシュラン食事処 珍道中記後編<プロローグ>
珍道中記パート2

ミシュラン食事処 珍道中記後編<プロローグ>

前回同様、素直に感じたままをつらつら書いていこうかと。
昨年に比べてワインの価格が高騰したことが印象的でした。
銘柄によっては明らかに日本のグランメゾンでいただくほうがリーズナブルです。
一消費者&旅行者として、知りたいこと、知っておくべきこと、ガイドブックには載っていない「生情報」はVIVAの真骨頂でもあります。

【1】今回のヒットは 1)ヒラマツ & 5)ル ルイ キャーンズ
発売間近なミシュランで三ツ星から格下げになる店がひとつある、とのこと。
個人的に、もう二度と行かない!と思ったところが、そうに違いないと信じ込んでしまうほど、手痛い思いをした所が一軒。
こーーんなに美味なるキャビアを食したのは、実に久しぶり。いやオシェートラのクラスを考えると初めてかも、と唸った幸せな瞬間。
勢いがあって、よろしい。しかし、いくらなんでもその価格設定は…。
納得がいかない=なら行かなければいいでしょ。ごもっともです。
でも行くまでわからなかったの、という好きだか嫌いだかわからない店。
ちょ、ちょっとー。そ、それはあんまりでないかい?目が点になり、ショックで口がパクパク。シェフと対面し、少し持ち直したかにみえたが、やっぱり悲しかった思い出。
おー、さすが、客のサイフの口を開かせるのがお上手でらっしゃる。おヌシも悪よのう。
しかし、ここまでしてくれれば、気持ちよく散財しようではないかー。のナイスなお店。
今回も、いろいろ経験してまいりました。

珍道中記パート2

1)ヒラマツ HIRAMATSU パリ サン ・ルイ島
2)ルドワイヤン LEDOYEN パリ1区
3)ギー サヴォワ GUY SAVOY パリ17区
4)ル ムーラン ド ムージャン LE MOULIND DE MOUGINS 南仏ムージャン
5)ル ルイ キャーンズ LE LOUIS XV モナコ モンテカルロ

1)ヒラマツ HIRAMATSU パリ サン・ルイ島 ★

こーんなに美味なるキャビアを食したのは、実に久しぶり。いやオシェートラクラスを考えると初めてかも、と唸った幸せな瞬間。

-序章-
ヒラマツは私にとってワインの手ほどきをしてくれたお店です。その昔、まだ私がお嬢ちゃんだった頃のお話。渋谷区松涛から、当時私が住んでいた広尾に移転してきたので、急に地の利を活かして通い始めてしまったのでした。怖いもの知らずとはまさにこのこと。ワインの素晴らしさを理解していなかった=超初心者もいいとこ=若い私。「ルモワソネのジュヴレー・シャンベルタン・ル・コボット66年」なるワインを薦められるままにワケもわからず飲んでしまったワタクシは、ガツーンとやられちゃいまして、ひらまつに5本しかないうち3本も飲んでしまいましたとさ。俗に言う「ハマった」という言葉がぴったり、あの頃どうやってお小遣いをひねり出していたか不思議ですが、次から次へと飲む飲む、食べる食べる。

ある日、米国のビジネススクールに行こう!と決心したお嬢ちゃんは、ひらまつのソムリエ氏に胸の内を吐露し「日本で最後のランチはひらまつで美味しいワインと楽しもう」と決心したのでした。

その日妹と訪れたひらまつで、心づくしのもてなしをしてくれたのはいうまでもありません。帰り際、スタッフが並んで送ってくれる間際に渡されたもの。それは日付ごとに私がそれまで飲んだ全ての銘柄のエチケットを整理してあるスクラップブック。そして当時シャンパーニュグラス専用に使われていた布製のコースター。ここには寄せ書きがしてありました。「アメリカに行って、望みをかなえてきてください」

頑張りすぎちゃって、永住権まで取得し日本に帰って来なくなっちゃうなんて知る由もない当時の思い出です。それからも帰国してお店に行く度に「いらっしゃいませ」ではなく「おかえりなさい」って迎えてくれたのに。アメリカでの洋食責めから逃れるがごとく日本に来る度、天ぷら、寿司、おでん、焼き鳥、鉄板焼き、そして中華に走った私はいつしか恩を忘れて足が遠のいてしまったのでありました。

それでも。あのガツーンがなければ、今日の私はないと思っているし、まるで我が家に帰ったかのような温かいもてなしは、現在私がゲストを迎える時の基になっていると感じます。

日本でも行かなくなっちゃったのに、わざわざパリに赴くのもなー、なんて言っている場合ではありません。

-フランスでの再会-
地下鉄の駅を降りてセーヌ川を渡りきったところにひらまつはありました。初めてなのに見慣れた看板の文字が懐かしく、通いつめていた頃の自分を思い出します。そしてひらまつシェフは昔と変わらぬ姿で立っていました。

パリでもガツーンとやられちゃいました。プロローグで書いた一口感想文『こーんなに美味なるキャビアを食したのは、実に久しぶり。いやオシェートラのクラスを考えると初めてかも、と唸った幸せな瞬間。』ここに集約される逸品「キャヴィア オシェートラ ロワイヤル」= 60ユーロ。

アメリカではベルーガしか食べたことなかったワタクシ。嫌なオンナ、と思うなかれ。日本とは比べ物にならないくらい安かったのです。でも日本ではどこに行って「オシェートラ」しか置いてないし、ベルーガって計算間違いしたのかと思うほど高価なので手が出ない。パリでも高かった。ま、オシェートラでもいいや。なんて軽い気持ちでオーダーしました。

はたしてびっくりするほど美味しかったのでございます。色ツヤなど細かい能書きはさておいて、ベルーガかと思うほど新鮮で塩加減も絶妙!私にとってのキャビアの定義=生臭い&しょっぱい=安いヴァージョン。もう色が黒いとか灰色とか、そんなことはどうでも良いの。生臭さを感じた時点で、私は一口も食べられない体質を持っております。

大きめのカクテルグラスに幾重もの層を織りなすデザートムースのようなプレゼンテーション。そえられたスプーンが大きすぎず、小さすぎず。カプチーノの泡のようなメレンゲとムースで包まれた<余談参照>一粒一粒がプチプチしていて、けしてしょっぱくない新鮮なキャビアをスプーンで口に運ぶたびに胸に幸せが広がります。

こういう時は、「お・い・し・い」ではなくて「う・ま・い!」ですね。メインが終わってもまたもう一回オーダーしたい、と真剣に悩んだほどでした。「一口ちょうだい」テーブルの向かいから羨ましそうな視線がささるけどこういう時は愛情も友情もかなぐり捨てるのが、よろしいかと。もちろんシェアするのもよろしいですけどね。

<余談>
ちなみにスペインの三ツ星「エルブジ」が流行らせた手法で、どんな素材でもカプチーノの上にのっているフワフワの泡状態にしてしまうマシンの存在が陰にあり。たとえわさびでもふわっとした泡状になり、素材にからみつく利点が。

余談ついでに発音にもふれておきましょう。最近メディアで、エルブジ、エルブリと2種類の記述を目にしますが、スペイン語に忠実に発音するなら「エルブジ」が正。「L」エルが重なる表記は「リ」ではなく「ジ」になります。同じ理由で「パエリヤ」は、「パエジャ」が正。
エルブリ、パエリヤ、と発音するは「GEORGE V」を「ジョルジュサンク」ではなく「ジョージファイヴ」って言うようなものだそうな。

<本題に戻る>
私のゆるがせぬ持論、魚介類を扱わせたら日本人が世界一!を立証してくれたかのような一品です。活〆、血ぬきなどの仕事をさせたら天下一品。また食するほうも寿司や刺身で鍛えられた鋭い舌を持つ日本人。魚介の血が発酵する早さをキャッチすることにおいては、人後に落ちない実力を持つと信じております。 

キャヴィアの感動を伝えた相手は、ボルドーのミシュラン2つ星レストラン「コルディアン・バージュ」で活躍したシェフソムリエの石塚秀哉さん。ちょっといい話を聞かせてくれました。
業者に大きな缶ごと運び込まれたキャヴィアを試食し、良いバッチだけをお店で使うそうな。シェフのおめがねにかなわなかったキャヴィアは小さなジャーに入れられ(よくお店で見かけるタイプスーパーやデリカッテッセン、キャヴィア専門店などに出回るらしい。輸出も国別に決まりごとが異なるわけでホウ酸に関するレギュレーションの違いから、日本ではこんなキャビアは食せないのが実情です。ウニもみょうばんに漬かって色鮮やかなものより、塩水の入ったパックのまま産地直送したほうがおいしいのと同じ理屈であろうと思います。味が違うのは当然。後でマドレーヌ広場で買って帰ろうと思っていたのに、急にその気が失せたのは仕方ないかな。

フランスに進出後、またたく間に★を獲得したひらまつ。せっかくセーヌ川岸にあるのに、洗練されたダイニングルームからは臨川することかなわず、ロケーションを活かしきれていないのは無念でありましょう。場所を変えて、平松シェフは上を狙っております。パリ16区にある某★★レストランを買い上げ、移転の運びとなりました。年内成就は微妙なところですが、来年には移れるとのこと。シェフも頑張り甲斐があるでしょう。現在235,000円前後を推移している株価も跳ね上がるかもしれません。

パリまで来てよかった。ひらまつが青春の思い出から壮年の楽しみに変わった瞬間でした。

【飲んだワイン】
Clos De La Roche クロ・デ・ラ・ロッシュ88年: デュジャック 300ユーロ=¥42,000
1ユーロ=約¥135 2003年1月時点

2)ルドワイヤン LEDOYEN パリ 1区 ★★★

発売間近なミシュランで三ツ星から格下げになる店がひとつある、とのこと。個人的に、もう二度と行かない!と思ったところが、そうに違いないと信じ込んでしまうほど、手痛い思いをした所が一軒。

-序章-
この店担当氏がリコンファームを怠ったためにソデにされたルドワイヤン。差し替えのタイユヴァンが思いがけずとっても良かった思い出にかわり…まずは去年のことを思い出してみましょう。

前編でリポートしましたように、何かの手違い、もしくはコンフォメーションをし忘れたかの理由で、今パリで一番人気の「ルドワイヤン =LEDOYEN」にしてあった予約が反故になった夜。パリ1区、コンコルド広場に近い森の中にたたずみ、ルイ15世時代から続く伝説のお店が昨年三つ星に昇格して以来パリっ子の話題独占のお店です。「えー!楽しみにしていたのに…」「AMEXから予約をしておけばよかった…」嘆いても後のまつり、同行のジェントルマンを責めるわけにもいきません。紳士・淑女たるもの、ここでパニくってはならないのであります。

中略

というわけで、ホテルのコンシェルジュに活躍してもらい、急遽席をゲットした「タイユヴァン」。これが大当たり!パリに来てから3件目、一番気持ち良くお食事ができました。お店に入った瞬間からあなたは王子様 or お姫様かと思うような丁寧なエスコートで「あー、お洒落してきてよかった」と思わせてくれる雰囲気に満ち満ちているのであります。なんてかんじでありました。

-本編-
「お洒落してきてよかった」と思わせてくれる雰囲気に満ち満ちているのはこちらも同じ。フランス革命直後の1792年に創業という、パリの中でも非常に長い歴史と格式を誇るルドワイヤン。王朝貴族の館に招かれたかのような階段を昇ってダイニングに向かうとあれば、一歩踏み出すごとに期待の度合いも高まるというものです。

今年の三ツ星の流行は、シャンパーニュワゴンをしずしず押し運んでくるというもの。ブラン・ド・ブラン、ロゼ、レギュラーといった品種や銘柄など、バラエティに富んだ泡がほど良く冷えた状態で10種類ほども用意されているとあれば、心動かされずにいられようか。シェリーかマティーニでも…なんて考えていた人さえ、お高い泡を思わず選んでしまう心ニクイ演出なり。ゴッセ、リュイナール、モエと思い思いの銘柄を手にしてメニューに視線を落とします。

ここまではまぁガイドブックや体験記みたいなサイトに載っていそうな流れであります。しかし、ここから急転直下、一気呵成に話は転げ落ちるのでございます。

去年の私の失敗は、魚介類を頼んでことごとく失敗したことでした。ここのシェフはドーバー海峡に面したブルターニュ地方の出身です。でもパリで三ツ星はっているのだから、肉が苦手なはずはあるまい。私は小鴨 = Le Caneton をオーダーしました。「それは美味しそうだ」「ふむ、その選択は賢いかも」。フランス語が読めないのか読むのが面倒くさいのか、みな口を揃えて私のオーダーに倣いなんと4匹の小鴨が、テーブルサイドで華麗にさばかれ、周囲の注目を集める結果とあいなりました。

まっすぐに立ち昇る湯気、あめ色をした丸ごとの鴨が美しいナイフさばきで次々と皿に盛られていく光景は官能的ですらありました。1匹ではなく、4匹勢ぞろいしたところがまたゴージャス感を醸し出します。うやうやしく差し出された小鴨はまだアツアツ。みな満面の笑みをたたえ、ぱくっ!刹那、互いの視線がからみあい、フォークを持つ手が宙にういたまま動かなくなりました。

なに…この甘さ。私の個人的な見解として、口の中でじゃりっと音がするほど、果実と砂糖を煮詰めた味が味覚を麻痺させるかのよう。これではルイ・ジャドーのミジュニー83年の甘やかさを消してしまうではないか。

『ルキャ・カルトン』、『タイユヴァン』、『リッツ』で修業を積んだ後、パリの「ル・グラン インターコンチンネンタルホテル」のメインダイニング『レストラン・オペラ』でシェフに昇格し、創業以来初めてミシュラン三ツ星をこの店にもたらしたシェフ、クリスチャン・ル・スケールの腕に間違いがあるはずはないけれど、ワインとのマリアージュとしては…。

メニューとワインを相談しながらオーダーしているんだから、ソムリエがきちんとマリアージュを考えてくれたっていいでしょ?
ここでげんなりしてはいけません。お食事はデザートまで(私の場合はフロマージュまで)堪能してコースが終わるのではないか。私がこよなく愛するチーズの名は「バシュラン・モンドール」。冬しか食せないところが季節感とあいまって、とても幸せな気持ちにしてくれるのであります。

「バシュラン・モンドールに合う食後のワインは…」隣に座っている私の意をくんだワイン担当氏が、ソムリエと相談しています。こういう時、欧州では女性が口をさしはさまないのがマナーかな。たとえどんなに貴女のほうがワインに関する知識が深くても、ソムリエの前ででしゃばるとお里が知れて、階級社会にあってスノッブなフランス人から軽蔑されること間違いナシなのであります。ソムリエが来る前にあらかじめ作戦会議をしておくのがベター。とはいうものの、どうせ日本語だからと思って「もう少し安いワインにしたら?」と小声で囁くスノッブ失格な私。同じく小声で返ってきた答は「僕もそう思っているんだけど、モンドールにはこれくらい強いワインじゃないと合わない!って薦めるんだよ」 「あ、そう」

初老とよぶにはまだ早く、しかし壮年期をゆうに過ぎたかとおぼしきソムリエが、薦めたワインをさっさと抜いて去った後、チーズのワゴンがしずしず到着。ここで私は椅子からズッコケ落ちそうになるほどのショックを受けることに。チーズの説明をしてくれていたハンサムなセルヴルは、当然のように言い放ちました。「バシュラン・モンドールの季節は終わりました」な!ない…。銀座の一流鮨屋よろしく、一番の旬にこだわる三ツ星では少しでも盛りが過ぎた食材は使わない、ということなのでしょう。おっしゃる意味はよーくわかりました。でも。じゃあ、この抜栓しちゃったワインどうしてくれるわけ?「バシュラン・モンドールに合う濃ゆくてお高いワイン」を薦めたんじゃないの?

もうたかが一回の食事に怒っても仕方がないから、ご同行の方々の手前もあるし、雰囲気を楽しめばいいとあきらめの境地でニコニコしていましたが、これほどキッチンとソムリエの連携がとれていない店が三ツ星なんて信じられませんでした。

でもきっと、コミュニケーション不足はお店側だけの落度ではないとも思っています。フランス語はおろか、英語も片言しか話せない外国人が、きちんと食する料理の説明を求めて、あわせるワインを綿密に相談できるわけがないもの。こうなった時に、にっこり笑いながら、ソムリエに皮肉のひとつも言えるようじゃないと、なかなか三ツ星を堪能するのは難しいものです。

【飲んだワイン】
MEURAULT COCHE DURY 91年:ムルソー コシュ・デュリ: 300ユーロ=¥42,000
MUSIGNY JADOT 83年: ミジュニー ルイ・ジャドー: 430ユーロ=¥60,000
PULIGNY MONTRACHET CLAVAILLON 85年:ピュリニー・モンラッシェ・クラヴァイヨン ルフレーヴ: 250ユーロ=¥35,000
1ユーロ=約¥135 2003年1月時点

3)ギー・ サヴォワ GUY SAVOY パリ 17区 ★★★

-今回は短いプロローグ-
ミシュランで三ツ星から格下げになる店がひとつある、という噂をお伝えしましたが、なんとそれは私にとってベスト3に入る「ボワイエ」でございました。理由はシェフが変わったからだとか。シェフが変わる=お店が変わる。だから仕方ないのでしょう。

-本編-
ランチタイムだったせいもあるかと思いますが、とにかく活気にあふれる店内。ざわめくような会話のミュージックが満席の店内に満ち満ちているだけではなく、かけられている絵画の色調やオブジェなど全てが明るくライヴリー感を醸し出しているからでしょうか。きびきびと立ち働くスタッフもスノッブというより、アメリカ的なフレンドリーさを感じさせます。ビジネススーツに身を包んだ女性や男性だけのグループが多いのも特徴的。店内に一歩足を踏み入れるだけで、ウキウキした気分にさせてくれる雰囲気を持つパリの三ツ星です。

今年の三ツ星の流行は、シャンパーニュワゴンをしずしず押し運んでくると前述しましたが、ここも流行に乗りおくれているはずがありません。三角形をしたように見える立派なワゴンは、シャンパーニュが放射状にプレゼンテーションされています。氷を入れた大きなバケットにザクザクと入っているのではありません。一本ずつ個別に入ったバケットが扇形に並んでいるといえばわかりやすいでしょうか。

昨年はいたるところでモエの96年ヴィンテージでしたが、今年は98年ヴィンテージが出ていました。お値段は25ユーロ(3,500円)。

ポーションを小さくして多くの種類を楽しめるようにと提案してくれたり、メニューを説明する時も懇切丁寧、ずっとにこやかだし「遠方から遥々おこしいただいて」と特製プレートまでいただきました。帰り際にはシェフが玄関まで出てきて握手してくれ、サーヴィスはすこぶる良いのですが、なーんか納得できない違和感があるのです。

かなり社用族がお見えになっているし、庶民が立ち入れるところではないわけですから、私たちの愚行はたとえば昨日は嵐山の吉兆本店、今日は祇園の丸山、明日は糺の森の吉泉をハシゴしているみたいなわけですね。ここでプライスに驚くのはそれはさらなる愚かさを露呈するかのようではありますが、アーティチョークとちょこっと入った黒トリュフのスープ一杯が78ユーロ=1万円以上する!そりゃ美味しいけど…。私の舌はまだフランス文化を象徴するこういう料理を理解するに至っていないからかもしれないけど。でもフレンチ・ランドリーはコースで$180なのよ、あれではフランス人がびっくりして「ナパの片田舎に三ツ星あり」と騒ぐわけです。

今年は黒トリュフが本当にとれなくて、品質低下&価格高騰という現象が起きている中、ここのトリュフ・ノワール・フルコースは420ユーロ(59,000円)。私たちはアラカルトでいただきましたが、コースをとる方も当然います。ぽっきりではありませんから、これにサーヴィス料、税金などがかかってくるうえに、ワインをオーダーしなくてはなりません 。

ぶ厚いリストをのぞけば、「おぉ、これはよい!」という銘柄には「COLLECTION」の字が。これはオーナーが所有しているけれど、お客様にお出しするものではありませんというほどの意味であります。じゃ書かなくていいじゃないと言ってはみもふたもない。中にはロマネ・コンティ、フェヴレィのミジュニーなどもありますが、おやまぁシャーヴのエルミタージュまで?飲みたかったなぁ。

尚、ここは客にきくこともなく、ワインをデキャンタージュされることがあるのでお気をつけあれ。私たちのエルミタージュも抜いたと思ったらとめる間もなくデキャンタージュされてしまいました。おまけに隣のテーブルで飲んでいたデキャンタを私のグラスにつごうとする始末。私たちが止めなかったら、ふたつのテーブルにもう一本ずつ新しいボトルを持ってきてくれたのかしら…。

【飲んだワイン】
Hermitage La Chapelle Paul Jaboulet 91年: エルミタージュ・ラ・シャペル ポール・ジャブレ 384ユーロ=¥54,000
1ユーロ=約¥135 2003年1月時点

4)ル ムーラン ド ムージャン LE MOULIN DE MOUGINS 南仏ムージャン ★★

-序章-
高級リゾート地、カンヌから内陸に10kmほど入ったムージャン村。
広大な森に囲まれた静かなこの別荘地の魅力に惹かれ、居をかまえたことのある著名人は枚挙にいとまがありません。
イヴ・サン・ローラン、クリスチャン・ディオール、カトリーヌ・ドヌーヴ、ピカソ、ジャン・コクトーなど錚々たる面々が名をつらねます。そして”太陽の料理”と称するプロヴァンス・スタイルでその名を知られる「ル ムーラン ド ムージャン」のオーナーシェフ、ロジェ・ヴェルジェ氏が、この地に店を開いてから優雅な別荘族を中心とした客層だけでなく、二つ星のヴェルジュ氏の料理を満喫するべく世界中から食通が集まるようになりました。
「ワイングラスに触れた唇、舌の感触や厨房からジューッと肉が焼ける音も料理のうち」と、食をおおらかに楽しむ姿勢をさりげなく演出する氏の料理を食しに行こう!と、レンタカーをモナコからとばしたのでありました。

-本編-
道に迷ったのか。オリーヴオイルを買ったお店で目的のレストランへの行き方をきちんと聞いたはずなのに、行けども行けどもたどり着かず…。これで見つからなかったらもう帰ろうというところまで迷った末に、偶然みかけたタクシードライヴァーに最後の望みを託します。「ル ムーラン ド ムージャンへはどうやって行ったらいいの?」かえってきた答に唖然とする私たち。

「あそこは2週間前にオーナーが変わって看板とか店名も違うと思うよ」

に、2週間前って…。予約した時は何も言われなかった。でもオーナー変わりましたけどよろしいですか、などと聞くわけないですよね…。

はたして、目的地に掲げられた入り口の看板には大きく「アラン・ロルカ」の文字と新オーナーシェフがうつむき加減で料理を作るショット、そして小さく小さく「ル ムーラン ド ムージャン」の文字が下方にそえられていました。初めての地で「M」から始まる目印を探していたなら、わかりませんよね。

とりあえずなんとか辿りついたことだし。気を取り直し、にこやかにメートルが出迎える店内に一歩足を踏み入れれば適度なさんざめき、そしてパリとは一線を画すシンプルで家庭的な雰囲気にちょっと心がなごみます。
ヴェルジェ氏の“太陽の料理”にめぐりあえなかったのは、このうえなく残念だけれど、新しい出会いがここで待っていてくれたと思えば…。

愛想も良くて「わざわざ日本からいらしてくださったんですか?」とテーブルまで挨拶に来てくれた、新オーナーシェフのアラン・ロルカ(ALAIN LLORCA)氏。
ニースにおける高級ホテル代表格のネグレスコ ホテル内にあるメインダイニング「シャントクレール」をまかされていた人でした。
これまでの経験では、地方に来ると質はキープ&ワインやお料理の値段は確実に低くなる傾向にあったのですが、ここはやはりカンヌやニースに近く、別荘族が闊歩するせいでしょう、かなり強気な値段設定。これからどのようになっていくのでしょうか。それにしても。ムッシュ・ヴェルジェのお料理を食することができなかったのが、返す返すも残念であります。

【飲んだワイン】
Riesling Clos St-Hune Trimbach 93年: クロ・サン・テューン トリンバック170ユーロ=¥24,000
1ユーロ=約¥135 2003年1月時点

5)ル ルイ キャーンズ LE LOUIS XV モナコ モンテカルロ ★★★

-序章-
ルイ15世 (1710年2月15日-1774年5月10日)9ブルボン王朝第四代フランス王。愛人ポンパドール夫人は、ルイ15世のためにフォンテンブローの森に鹿の園なる怪しげな館を開設したことでも有名です。パスポートも必要なく、どこに国境があるのかさえ見落としてしまうモナコ公国=面積は皇居の約2倍、ヴァチカンに次ぐ世界第二の小さな国が最後の舞台。厳密に言えばフランス星つき行脚のタイトルから外れるのですが、ご容赦下さい。

-本編-
アラン・シャペルの一番弟子だったアラン・デュカスの料理は、それはそれは素晴らしいものでした。
パリのオペラ座を設計したシャルル・ガルニエが1864年に完成させた、絢爛豪華なオテル・ド・パリの正面入口を入った右手に待ち受けるヒミツの館。敷居の高そうなことといったら、行脚シリーズナンバーワン。

廊下に出してあるメニューを眺めることさえためらわれるのは、長身でハンサム&貴族的な風貌をたたえた黒服のスタッフが、いつでもお客様を迎えられるように背筋をピンとのばしてたたずんでいるからにほかなりません。ヒマなのか、入口付近に身長190cm以上が5人くらいいるのよねー。たとえホテルに宿泊していようとも、スパで良い気持ちになった後、半乾きの髪のまま中をのぞこうなんて考えてはなりません。見上げるような、なんか威圧感あるのよねー。

と思ったのは扉の向こうを体験する前日までのおはなし。
きちんとドレスアップをして食べる気まんまんで行ってみれば、それはそれはあたたかく気持ちの良いもてなしが待っていたのでありました。メートルを筆頭にまさに伊達男集団、場所柄か結構イタリアン入ってました。ソムリエを除いたスタッフの身長が異様に高いのも、ここの店の天井の高さを考えるとなんとなくわかる気がします。

ここはお水のセレクションからして違います。ワインリストのトップページはシャンパーニュならぬ、スパークリングウォーター。私はいつもガス入りをのんでいるのですが、こんなに種類を揃えて、しかもリストから選べるなんて初めての経験です。

ペリエ、ソーレ、サン・ペレグリーノなど、どの店もたいてい6ユーロが相場です。そして選択肢はペリエかペレグリーノが一般的な中、ここには水のロマネ・コンティといわれる「シャテルドン」があったのです。しかも6ユーロ。

はたしてパリの三ツ星よろしく、シャンパーニュワゴンが静々と押されてまいりました。やはり貯蔵25万本のセラーを持つ店はセレクションの格が違います。「ポメリー・キュヴェ・ルイーズ92年ロゼ」がグラスのセレクションにあります。
迷うことなく飲みました。後でビルを見たら2杯で80ユーロ(11,200円)だったけれど、ここでは値段を見ても「えーっ」と思わなかったくらい付加価値が高かったのでもう一杯飲んでおけばよかった。

秀逸だったのは「黒トリュフのリゾット」。香りも味も深みがあってポーションもちょうど良い。

特筆すべきはやっぱり次の3点。
1、ワインリスト
2、食後のデザートやハーブティーのプレゼンテーション
3、世にも稀なる客層

1、に関しては、たとえばパリのギー・サヴォワで「Collection」扱いで飲むことが叶わなかった銘柄がさらっとあります。
フェヴレィやルーミエのミュジュニーなどなど、とにかく圧倒的。リストを眺めるだけで一時間は楽しめることうけあいです。今回はやはり南にいるのだから…と思い、90年のシャーヴのエルミタージュを頼んでみれば、血のしたたるような鹿肉を彷彿させるエクセレント・コンディション。
控えめにして端的なアドヴァイスをくれるソムリエの存在が、非常に好もしいのであります。ここではグランヴァンを狙わずにローカルなワインに目を向けると、信じられないようなお得感&状態の良さに胸がうちふるえます。

2、食事も一段落して、向こうのテーブルを見ると何やら不思議な光景が。
昔、駄菓子屋に置いてあったような透明のジャーに入ったピンクの長細い物を、美男子これ極まれりという給仕が専用のトングでつまみ出し、はさみでパチンパチンと切ってサーヴしているのです。程よく離れた距離にあるテーブルで繰り広げられる光景なれば、なおさら気になる気になる。甘いものが得意でない私でさえ、ナンだろう…私もあれを食べてみたい!と思わせるニクイ演出。
思わず頼んでしまいました。いったい何だったでしょう?なんと、私のキライなマシュマロでした。でもいかにもマシュマロの形をしていたら頼まなかったでしょうし、薔薇のフレーヴァーだったことも助けとなり、ここでもやっぱり感心することはあっても頼まなければよかったなどとは思いません。

食後にカフェモカをオーダーしようと思っていた私を翻意させた次なる演出は、もう唖然呆然ナイスなワゴン。
日本のお祭りや縁日で盆栽の夜店が出ているところを想像してください。うずたかく積み上げられたかのように、しかし整然と並ぶ家庭菜園!の巨大なかたまりが店内を動いています。カモミールやレモングラスなどのハーヴが鉢植えのままワゴンに並べられ、テーブルまで運ばれてくるのです。選んだハーヴを目の前で手さばきも鮮やかに、たーっぷりチョキチョキカット。冷水にひたして香をたたせ、熱いお湯を注ぐ…。おかわりをいっぱいしても大丈夫そう。

3、ひそかに「アラブの王子さま」と名づけた方は、おひとりでテーブルにつかれておられました。
「ひとりで三ツ星に来る人もいるのね」などと思うのは早計というもの。そのご様子から察するに、アラブの王子さまは長逗留をされているか、もしくはこのホテルに住まわれているか。つまりルイ・キャーズは、王子様にとって食堂のようなものであります。つまらなそうにメニューから、いくつかお選ぶびになられた後、テーブルの上のお持ちになられた2冊の本のうち、1冊を読み始めました。何をお読みになっていらっしゃるのかしら…。ゲッ、ゲノム。一心不乱に読みふける本のタイトル「ゲノム」。

お料理が運ばれてきても一瞥をくれただけで言葉を発することもなく、視線は本をたどりながらフォークを口に運ぶ。まるで街の中華屋で、学生や会社員が漫画を読みながらラーメンすすっているかのような光景であります。店の方も慣れているのか、気に止めるふうもなくたんたんとしています。まぁ、すごい。ちなみにもう1冊の本は赤い表紙のミシュラン・ガイドブックのようでありました。

とにかく、ワンダーランドに迷い込んだような、嬉しい驚きとワクワクするような演出いっぱいのステージです。それ相応の経験をしてきた人をも魅了する楽しいトリックにあふれる時間を堪能できるとわかれば、けして逸脱していない価格設定だと私は思うのであります。モナコに行ったなら、カジノですっからかんになる前に一度は訪れようルイ・キャーンズ。

【飲んだワイン】
Hermitage CHAVE 90年: シャーヴ エルミタージュ 150ユーロ=¥21,000
1ユーロ=約¥135 2003年1月時点

行脚シリーズはこれにて完。最後まで一気に読まれた方、お疲れ様でした!

※リポート内容は取材当時のものとなります

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