Vol-1 グレイス・ファミリーのハーベスト

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日本は秋らしくなってきましたか?

こちらは先週、40℃近い日が2-3日続いたおかげで例年になく遅れていた収穫がようやく始まりました。特に赤の品種は糖度がなかなか上がらずワインメーカーをやきもきさせたようです。クラスのハーベストもそろそろかなぁと考えていたところ電話のベルが鳴りました。

電話の主はグレイス・ファミリィーのディック・グレース!

ワインラヴァーなら誰もがその名を知る、カリフォルニア幻系ワインの頂点を極めたワイナリーです。あのロバート・パーカーに「天が与えたもうたワイン造りの女神」とまでいわしめたハイジ・バレットがワインメーキングを担っています。ワイン通を称する江川卓氏たっての願いで、かつて特番を組み訪れたのがハーラン・エステートとこのグレイス・ファミリー。今だ3000人以上もの人が彼のワインを求めてメーリングリストに名を連ねているという…。

「明日収穫するから、よかったら手伝いにきてくれるかい?」

ここの収穫は世界14カ国、米国内は30州くらいから大勢のボランティアが集まるというユニークなものです。今年はなんとドイツからメディアまで来ると言う。収穫が終わるとグランドランチが供され、みんなで陽気な大宴会と聞き及んでいる。

何をためらうことがあろうか。
「行く行く!!私が行っても邪魔にならない?あんまり経験ないんだけれど…。」ちょっと声がうわずっているかな…。「大丈夫だよ。初めての人も結構いるさ。」

電話の向こうで朗らかに笑うディック。
天下のグレイス・ファミリーの葡萄を素人が収穫するのか…。一抹の不安がよぎるけれど、本人がいいと言っているんだからいいんだ!

収穫真っ最中

明け方暗いうちに家を出て1時間余。ボランティア専用駐車場に到着しました。見渡す限りメルセデス、BMW、ジャガーにキャデラックといった高級車。はて、場所を間違えたかのだろうか?後でわかったことですが、ボランティアの人達とは全員ディックの友人だったのです。各地のチャリティ・オークションでグレイス・ファミリーを競り落としてくれたり、ダライ・ラマをいただくチベットの施設を訪れたりして知り合った仲間達。普段は会社でふんぞりかえっていそうな?トップ企業の重役達が、泥まみれになって一所懸命葡萄を摘むのですから、やっぱりグレイス・ファミリーはお値段も高いけれど志も高い、ホントの高嶺の花なのか…。

葡萄を運ぶテオと私

小さいけれど鋭利なカマのような道具で葡萄をツルから切りとっていくのですが、糖度が高いため、あっという間にべたついてくる手が作業時間を遅らせます。プロは1日2トンもの葡萄を収穫するそうですが、私達はわずか1エーカーの畑を30人がかりで3時間近くもかかりました。生活がかかっているわけではないので、実に和気あいあい、のどかなものです。幸いナパの早朝は革のジャケットが必要なほど寒いくらいだし、曇っていたので葡萄がいたむ心配はありません。摘んだそばから用意したバスケットに投げ込んでいくのですが、同時に行う選定も大切なプロセスの一環。青臭いフレーバーのもとになるので、房の中側に小さく固い緑の粒があればもったいないけれど地面に落とします。もちろんかびが生えているものも失格。レーズン状になってしまっている房もありますがこれはOK。びっしりと実がひしめいているきれいな房もあれば、果実がまばらでぽそっとしたものもあります。このばらつきが後々、幾重にも層をなす「複雑み」をつくりあげていくことになるのです。なるほど、この畑の葡萄はどれも一粒一粒が極小。大きく美しい粒の房は一見よさそうに見えますが、これではいいワインはできません。果実が大きいとそれだけ水分を多く含み、色素も薄くなってしまうため、凝縮感のある濃厚なワインにはなりえないからです。ワインは8割がた畑で決まるといわれ、どのワイナリーも、いかに小粒の締まった葡萄を栽培できるかに心をくだいています。肝心の葡萄がよくなければ、後からどんなに手を加えても魂を突き動かすような美酒にはならないのです。

伝説のワインメーカー、ハイジ

さて、バスケットがいっぱいになると破砕機まで運びます。まぁこれが重いのなんの!ちょっと持ち上げるくらいならどうということもないけれど、傾斜のきつい畑を登って行く時の10kgは相当なものです。ワインメーキングの女神ハイジが、笑顔をたやさず運ばれてきた葡萄のかごを破砕機にあけていきます。葡萄を摘んでしまえば私達の仕事は終わり。
後は3年の月日をかけて大切に育てていくハイジ達のステージです。

ディックと畑の中で

「どうして大切な畑の葡萄を素人なんかにハーベストさせるの?」ディックに素朴な質問をぶつけてみました。
「何十年も昔からのつきあいでも、今日知り合ったばかりの人でも、皆僕の大切な友人だ。時間ではかる違いなんて何もないよ。ケイ、わかるかい。アメリカ人の僕のワイナリーに日本人のケイがかけつけてくれて、ドイツからは記者やボランティアまで来てくれるなんてすごいことじゃないか。たった50年前、戦争してたんだぜ。グレイス・ファミリーのワインは、ほとんどがチャリティのために使われていることは知っているだろう。こうしてたくさんの人が集まって、僕達のワイン造りを手伝ってくれるってことは、世界の子供達を微力ながらも一緒に助けていけることなんだって信じてるんだ。こんな小さい畑でも、少しは役に立ってくれればいいんだよ。」ディックの顔が眩しかったのは、真上に移動してきた太陽のせいばかりではなかったな。ハイジがプレスしたてのジュースを持って歩いて来ます。「みんなが摘んでくれた葡萄の絞りたてよ。Brix(糖度)は24度を超えているわ。飲んでみる?」大地と葡萄樹の青い香りが残る果汁は実に甘く清冽でした。ああ、これがわずか100ケースばかりの偉大なグレイス・ファミリーのワインに変身していくのか…。そして今もどこかでディックパパを待っている子供達をサポートすることになるんだ…。
今日の体験は私の心の収穫でもあったようです。

※リポート内容は取材当時のものとなります

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